座右の銘

「It’s none of your own business!」

私がアメリカで暮らして知った言葉の中で最も印象に残った?いつも心に留めていた言葉がこちら。

日本語にすると、

「あんたにゃ関係ねえー、はいっ、オ…」って感じ?

この言葉を座右の銘にしてからずいぶんと生きやすくなったと感じているので、これについてはまとめておきたいと思っていた。

自分のやりたいようにしたらいいとか、人のことは気にしんでいいとか、言葉で言うのは簡単だけど、それを自分の中にしっかり腹落ちさせて、行動に移していくのはなかなかできないもの。

他人の気持ちは無視して好きなことをしたらいいとか、そんなことは言っていない。

大事なのは自分と他人の間にしっかり線を引くこと。他人のことを考え過ぎてこの境界線が曖昧になってしまうのが問題である。しっかりと線をひいて、その内側、自分側の範囲のことは自分がしたいようにする。自分がどうしたいのかをとことん考えて決める。

わたしがそれをできるようになったのは、間違いなくそれを実行して生きている人たちを目の前で見てきたから。百聞は一見にしかずとは言うけれど、空気感も含めて、それを体感するのは本当に大きなことだった。

黒い皮のミニスカートでさっそうと歩くおばあちゃん。かっこよかったなー

派手でも地味でも髪色は自分の好きな色にする

太っていても、痩せていても、妊娠していても、自分の好きな服を着る

無難だから、流行っているから、という理由でモノを選んでいる人が少ないことは、いろんな人を見ていればすぐにわかる

好きなものを選んでいる人たちは美しいし、堂々としている

見ていて気持ちがいいし、楽しい

無理をしていないから人にも優しい人も多い

日本で、マナー上、「優先席を譲らなければならない」からそのプレッシャーから席を譲ってくれる人とは違う。あちらで親切にしてくれる人は、やらなければいけないからではなく、自分でそうしたいから、してくれていると感じる。(レストランの人はチップが欲しいからだけど

日本では自分勝手なイメージが強いかもしれないけれど、アメリカの人々は親切な人もたくさんいた。

日本で育って生きていると、自分で何かの選択をするときに、自分ではない

他の誰か” が ”どう思うか

をどうしても考えてしまうし、(少なくとも私はそうだった)そうするように教えられてきたと感じている人も多いと思う。もちろんそれによって日本はマナーが守られているとか、いい面があるのも十分理解している。しかし、そういう選択の仕方をずーっと繰り返していると

自分が本当に選びたいものがどれなのかが分からなくなってしまう

これがとても厄介なことであると思っている。

家族のため、に一生懸命に生きているうちに、自分の好きなこと、やりたいことを忘れてしまったというママさんの話をたまに聞くけど、それもこれだと思う。

ともかく私はまず、自分で好きなものを選ぶ、という練習を小さなことから始めていった。

ひとつずつ自分がしたいことを選ぶ練習をしていると、こっちを選びたいけれど、本当にこれを選んでいいのだろうか、、、と立ち止まりそうになることが何度もある。そんなときにいつも自分に言い聞かせる。

「It’s none of your own business!」

他の誰かには関係ない。私は私が好きなようにする。好きなものを選ぶ。こうして繰り返し自分が好きなものを選ぶ練習をしていると、だんだんと選ぶのが楽しくなってくる。そして好きなものに囲まれていくにつれ、その好きなものを選んだ自分のことも好きになってくる。自分が自分を好きでいられるようになれば、自分に自信が持てるようになり、自分のだめなところも受け入れてあげることができるようになる。人にも優しくできるようになる。

私が最も生きやすくなったと思うのは、自分を完璧主義から解放してあげられたことだと思う。

それまでの私は、何かに取り組むとき、いつも自分の思う最善を尽くし、準備に準備を徹底的に重ね、もうこれが最適解だろう、抜けはないだろう、と思ったところで、予想外のことが起きて予定通り進まなくなったり、抜け漏れに気づいてしまって、昔の私はいつもそうだった。そして自分を責めすぎて耐えられなくなり、しまいには誰かや何かのせいにする他責思考に。今思い出していても本当に嫌になるししんどい。こんなだった私のそばにいつもいてくれて、切り替えができるよう声をかけてくれていた夫には本当に感謝しているし、頭が上がらない。

もちろん今でもうまくいかなくなりそうなときもあるし、本帰国してからは特に、まわりの目を気にしてうまく立ち回れなくなりそうなときもある。

そんな自分への戒めのためにも、私がこうやって考えたことを残して時々思い出していきたいと思う。

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